トニー・マサキ ライフブログ~メソード・ハピネス~

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ブルース・リーの真の凄さとは?~俳優技術の観点からの考察~

      2016/07/19


皆さん、こんにちは!

俳優が役を演じる上で、もっとも重要な素質が一つあります。
それは、『脳裡に感じたことを、瞬時に身体に表すことが出来る能力』です。

つまり、悲しみの感情が沸き上がったら、顔の表情や身体の動きや反応を通り越して、「細胞レベル」で表れるかどうか。喜びの感情が沸き上がったら、その満面の笑みを通して「細胞レベル」で表れるかどうか。究極の意味では、このようになります。

(たとえば、アメリカの女優ナオミ・ワッツさんは、「感情表現」が相当なレベルであると私は認識してします。「すこし衝撃を与えると壊れるのではないか?」と思わせるくらいの繊細さを全身で表現されています。)

 

そういう意味では、俳優にとっての理想の表現能力の持ち主こそ、タイトルにもあるようにブルース・リーさんです!香港が生んだカンフースターであり、映画スター。今だに色あせることのないパフォーマンス。死後40年以上も経過しているにも関わらず、その伝説は衰えることがありません。

動画でも、ブルース・リーさんの映像は、相当数配信されております。映し出されるVTRは、映画の中でのカンフーシーンが殆どです。自らが創始したジークンドーによる技術を、役を通して表現している。その動きは、神業にも等しく、視聴者の目を釘付けにします。

 

心に起きた衝動を、寸分のズレもなく身体で表している
俳優技術の観点から述べると、ここにブルース・リーさんの表現能力の凄さが証明されていると私は分析します。身体能力を超えた「表現能力」です。怒りの感情が走ると、瞬時にそれに反応し、敵をなぎ倒している情景。怒りの感情とカンフースタイルの間に、ワンクッションがありません。『同時』です!

皆さん、心に感情や衝動が起きた時、瞬時に全身で表せることが出来るでしょうか?日常で心の有り様を表すのに、警戒心が強いと、いわゆるワンクッションが生じます。『同時の表現』は不可能でしょう。
ブルース・リーさんには、映画の中で、『警戒心』がありません。

 

「ただ、あるがまま。ただ、起きたまま。ただ、感じたまま。」 そのような感じです。このレベルになると、アクションの最中でも、感情表現が動きに伴ってきます。ブルース・リーさんのアクションシーンを見ると、ただ俊敏に激しく動いているに留まっていません。

すべての動きに、哀愁を感じさせたり、悲しみを感じさせたりもします。動きを止めた後に表現される恍惚の表情が、ブルース・リーさんの才能の全てを物語っているでしょう。
心に起きたことが、寸分の誤差もなく露わになる。これこそ、(俳優にとっての)理想の表現能力です。

 

ブルース・リーさんにとってジークンドーとは、哲学そのものであり、人間としての生き方を表す思想であると言われています。その所以が、解ります。映画を通して、数々のアクションを通して、自分の生き方を表現したかったのでしょう。心に起きた感情がワンクッションを置かずに露わになるということは、感情表現=ブルース・リーさんそのもの言えます。

「自分の全てを表現するには、何が必要か?」 その答えが、他に類を見ない身体能力にあります。ブルース・リーさんの追い求めたものの到達点が、いつでも映像で鑑賞できます。(我々は、幸せです!)

 

先週、私の妹が香港に旅行に行きました。ブルース・リーさんの銅像の前で、ポーズを真似ると、近くにいた現地の方々も同じようにポーズをして互いに喜びを分かち合ったそうです。いまだに、香港の方々にとっては、ブルース・リーさんは誇りです。映画で、自分の全てをさらけ出したOPENさが、人々からの信頼を勝ち取ったのだと私は思います。

もう一度、私は書きます!
「ブルース・リーさんこそ、俳優にとっての理想の表現能力の持ち主です。」

 

では、皆さん、本日も人生のステージを有意義にお過ごしください!

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