映画『スモーク』~1990年代の秀作ヒューマンストーリー~
2017/10/21
皆さん、こんにちは!
私は、知人から「オススメの映画は何ですか?」と質問される機会が多くあります。これまで、人生で鑑賞した映画は数知れず・・・。映画にはジャンルも多々あるので、そこからオススメしたい映画はピックアップするのは難しいものです。
ただ、こうした質問を受けて、かならず脳裡に浮かぶ作品があります。
映画『スモーク』です。
原作である「オーギーレンのクリスマス・ストーリー」を書き下ろしたアメリカの作家ポール・オースターが、そのまま映画の脚本を担当。監督はウエイン・ワン。主演ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート、フォレスト・ウィテカー。1995年公開の映画です。
ブルックリンの小さな煙草屋を営むオーギー・レンの元に訪れる人々たち。訪問者は、それぞれに心の傷を負っていたり、悩み事を抱えている人物たち。人生で起きた逆境に打ちひしがれながらも、オーギー・レンと触れあうことで自分らしさを取り戻していくという内容になっています。
まず何よりキャスティングが素晴らしいと思います。この映画に登場する人物は、どこにでもいる地味な人々です。もちろん、アクションシーンなどありません。このブルックリンの一角に集まる、「ありきたりの人たち」が奏でる物語。キャスティングされた俳優の方々も、彼らの日常生活を、そのものとして巧みに演じておられます。
俳優それぞれが持っているスター性など披露することもありません。一人の俳優が、一人の登場人物の内面をただひたむきに演じているのが映画全編に流れています。
『ひたむきに生きている人たちを、ひたむきに演じている』
このように、出演俳優の皆さんの演技に関する精神は、この映画の構築に大きな貢献しています。
監督、スタッフの皆さんにも、この映画を大事にしたいという思いは強く伝わってきます。
煙草屋内の狭い空間でありながら、各場面で絶妙なカメラワークを数多く駆使していること。
(奇をてらうことなく)オーソドックスな映像構成ながらも、その場面の登場人物の立場と目線に沿って映像づくりがされている点。
地味な物語の中にも人物の内面を掘り下げることで、観客に、この後どういう展開になるのかドキドキさせる脚本の秀逸さ。
職人かたぎの映画スタッフによる『作り込みの深さ』を感じ取れます。つまり、映画を大切にしたいというスピリットが随所に投影されていて、当時多くの観客に共感された大きな理由であるでしょう。
「真心を込めた作品」「気持ちの籠った作品」 クリエイターの基本姿勢ではありますが、雑さを排除し大事に創られた映画を観客に提供すべきです。
この映画の中で、中心軸となりえるエピソードが出てきます。
『煙草屋の主人オーギー・レンが10年以上毎日同じ時刻、同じ場所で写真を撮影している』という点です。これは、非常に面白いエピソード挿入だと思います。
写真は同じ場所、同じ時間ですが、その時、その時で町に行きかう人々は違うわけです。ですから、一日一日の写真に、人間模様の変化が写し出される。
『オーギー・レンの元に訪問する人々が様々であるというイメージ』を、このエピソードによって際立だせています。もし、このエピソードが挿入されていなかったら、オーギー・レンの人生に絡んできた人たちの人間模様も薄まったことでしょう。
「この町に育ち、この町のことを知り尽くし、写真を通して多くの人たちを俺はは観てきたんだ。」
このようなオーギー・レンの自己主張と、町と人への愛情が、毎日の写真撮影の場面に表れています。彼の人間愛が主題の珠玉のストーリー。
ぜひ、ご鑑賞ください!
では、皆さん、今日も人生の有意義なステージを!