『極論』を言うひと、言われる人

      2016/12/09


皆さん、こんにちは!
今日は、『極論』についての私の考察をテーマに記事をすすめたいと思います。

 

極論』というのは、二つの意味があるそうです。

【極論の意味 】
① 極端な言い方や論じ方をすること。また、そのような議論。極言。
②  徹底的に論じること。論じつくすこと。

②の意味での極論なら問題はありませんが、厄介なのは番の意味での極論です。

特に、いわゆる極論を言う人との付き合いは、苦労することを私自身は経験しています。

 

 

極論を言う人と言われる人の会話の事例とは、以下です↓

(事例①)

「学校の授業ってなんであるのかなあ。授業で教わっても社会に出て役に立たない知識、多いよねー」
「じゃ、学校とか授業がない国に住めば?」

あるいは、このような例は、どうでしょう?

(事例②)

「トランプ氏が、大統領選挙で勝ったね~」
「ダメだ。これで世界は滅亡に向かう!」

(事例③)

「最近、異常な犯罪が多いよな~。どのような心理が働いて、そういう行為を犯すのかな~?」
「わからない。そいつらは、突然変異的な人間だから。」

このように、
『極論』をかざす人は、「そう言ってしまうと、おしまいでしょ。」と思わせる発言をしてしまいます。
このように極論的発言をされると、会話の発展が成されず、広がらない傾向を生みます。

言われた方は、黙るしかありません。 なんだか気まずい沈黙を強いられます。

皆さん、このような経験ありませんか?

 

『極論』を言うひとの特徴と傾向を挙げてみましょう。

まず、非常にネガティブな心理が常に強いということです。自分が意図しなかった現象があれば、すぐに否定的に物事を捉えてしまいます。『極論』は、常に、このネガティブな心理状態から始まっていると思われます。

これは、その人の長年の習慣なのでしょう。
起きたことを事実として見るだけで充分なのに、そこに強いネガティブシンキングが働くと、発言も、どうしても偏ったものになります。

それが、『極論』に結びついてしまうのです。

そして、『極論』を発言されると、会話にゆとりがなくなり、ユーモアが入る余地は全くないです。

ここが、大きな問題です。人ととの、より有効な会話が成り立たない・・・。

 

「きっと、大変なことになるぞ!!」という決めつけ的な意見を押し付けられる印象を与えてしまい、「閉塞感、極まりない雰囲気」を生みだしてしまいます。

 

そして、厄介なことに、極論を連発するひとは、場に気まずい雰囲気が流れていることに気づかないです。

ここが、またまた問題です(笑)

 

「自分の意見が絶対的に正しんだ!」という過剰な自信があるため、言われた側のひとが意見をぶつけても、曲げようとしない傾向もあります。そのため、言われた側のひとも、黙りこむしかありません。

 

私の意見ですが、はっきり言って、『極論』は、(人間関係において)「百害あって一利なし」であると思います。
ある一つの事実でも、いろんな可能性や発展性が多く含まれていると思われます。ところが、「こうだ!!」と決め込んでしまうと、その事実がもたらす可能性に気づかずに、見過ごすことも多くあるでしょう。

『極論』を言う人自身にも、チャンスが巡ってこない場合も多々あります。

日常の会話において、『極論』ばかり発言してしまうひとは、威圧感もあるため、相手も距離を置いていくはめになるでしょう。

 

たとえば、演技において、ある役の性格は、「きっと、これなんだ!」とハナから決めつけてしまうと、とても危険です。その人物が実際に抱えていた、新たな側面を見落とすことになるからです。結局、リアルに役を生きることからは遠のくでしょう。

 

同じようなことが、一般社会でも存在すると思われます。
物事に関して、その真の意味を考える余裕とゆとりを持つこと、冷静に物事を客観視する能力が大切です。

『極論』を言う傾向にあるひとは、ぜひ『極論』がもたらす人間関係のリスクを理解すべきだと思います。

そして、言われた側は、『極論』を言うひとを、「なぜ、このひとは、いつも、こうした発言をしてしまうのだろう?」と冷静にみつめるゆとりがあると良いですかね。

 

つまり、その人を『極論』で見ないことです(笑い)

 

では、皆さん、本日も晴れやかな人生のステージをお過ごしください!!

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