気まぐれな不安や悩みについて~考察~

   


皆さん、こんにちは!今日は、私が日常生活をする上で、最近気づいたことを書いてみます。
人は、誰しも、不安や悩みを抱える時間、多かれ少なかれあるかと思います。私も、そうです。

 

「気持ちが不安な状態=憂鬱な状態」

僕の場合、その憂鬱な時間が、もっとも多いのは、睡眠した後に目覚めた瞬間です。(特に、深酒したあとの二日酔いの状態で起床したときなど、最悪です。)

人それぞれでしょうが私は目覚めてすぐに、ワクワクした気持ちになるとか、なかなか持てないですね~。

 

「あ~、この先どうなるのだろうか!?」「あの時、ああすれば良かったのでは・・・。」などなど。

未来への不安、過去への後悔。

「自分の未来は上手くいかないのではないか?」「過去に行った行動は失敗だったのではないだろうか?」そんな負の思考がもたげて、起きるのも嫌になることもあります。

前向きな思考を持とうと奮起しようとしても、憂鬱さが勝ってしまう。皆さんは、どうですか?

 

しかし、最近、冷静に思い返してみて、一つのことに気づきました。
そうした憂鬱さが充満した状態で起床しても、その数分後、数時間後に、ちょっとどこかに出かけたとき・外に出て歩いているとき、いつの間にか、それが消えている状態になっているということです

。憂鬱状態が一変し、心が静かな状態にもなったり、(未来に対して)とても前向きな状態になったりすることも、多いということです。

 

何なのでしょうか、この気持ちの移り変わりは!?

私は思うに、結局のところ、単に『思考』に振り回されているということだと思います。ありもしない事実、起きてもいないのにあたかも起きるかのような錯覚。

そうした思考が、ぐるぐる頭の中を回転し、自分の日常に影響を及ぼしている。
「もし、その『思考』がなければ、実は、何事もなく私は静かだった。」 きっと、そうだと思います。

この気まぐれな不安や悩みの思考。思考って、本当に、気まぐれや奴ですね~

 

だからも、もし目覚めて憂鬱で仕方ないときは、フラッ~と、どこ当てもなく、外に出て歩くことを僕はお薦めします。途中で、コーヒー飲むのとか、どうですか?

 

思考なんて、単に気まぐれな存在。実は、自分の本質は『静寂な水底そのもの』なのだと思います。未来の不安も、過去の後悔も、実は無かった。

思考が勝手に作り出した幻想。町中をただ歩いているとき、思考から解放された瞬間に、自分そのものが、ありありとそこに存在しているのではないでしょうか?(おしまい)

では、皆さん、今日も人生の良きステージへ!

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